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デッスンの個人日記

デッスンの個人日記

第十章 時代の分岐点

時代の分岐点
 青空に見えるのは白き雲と輝く太陽がある。
 太陽は南の空に高々と昇り、世界に日の光を放っている。
 太陽の光に照らされ、白銀の輝きを見せている物がある。
 鎧だ。
 美しさと共に強さを象徴している鎧に身を包むのは、背負っている巨大な剣を持つシグザだ。
 彼は見上げていた青空から視線をしたに移せば、視界に入るのは砂の大地が広がる砂漠。
 今の彼の視線は高く、遠くまで見渡すことが出来る。
 だが、見えるものは青空に輝く太陽、風に身をゆだねる白き雲、そして地平線全体にわたる砂漠の大地。
 殺風景な景色だな、と思うシグザが立っている場所は、ウィンダウッド城のテラスである。
 特に見張りをしている訳でもなく、彼はただのんびりと外を眺めていた。
 ちなみに、ここ、ウィンダウッド城はつい先日『ラスタバドの手から奪還した』と報告を受けている。
 だが、ディルたちが参戦したというが、どこの誰がラスタバドの首領を倒したなどは何も聞いていない。
 何故ならシグザは先日まで己の技量を高めるため、傲慢の塔へ足を運び身を鍛えていたのだ。そのため、ウィンダウッド城戦には参加していない。そもそも、そのような戦いがあればシグザの力は欠かせない。それにも関わらず、まるで邪魔者のように見計らって戦いはしないだろうとふんでいたが、見事に裏切られた。
 ディルや参戦した兵士たちに訊いても、否定はしなかったが、トップシークレットだ、と言われてしまったのだ。
 ……俺、一応総兵士長という立場なのになぁ。
 一応、自分の部下やディルにそのことを言ったのだが、
「皆で評価を下げれば変わりは無い」
 今一度己の立場を見直そうかと考えるが、まぁいいか、の一言で思考終了。
 それよりも、と考えながら彼は右を見た。
 そこには、赤髪に大きなマントを付け、手すりに寄りかかるようにして立ち、南側へ顔を向けているディルの姿がある。
 シグザは胸を張るようにして腕を組み、嘆息混じりに呟く。
「あの野郎、まだこねぇのかよ……」
 言いながら、視線を更に下に向けた。
 そこには数多くの人の姿が見える。
 今現在、ウィンダウッド城はラスタバド討伐の連合軍の集合場所にしているのだ。
 その為場内はおろか、城外まで人で埋め尽くされている。
 しかし、見える多くはヒューマンやエルフたちばかりで、ダークエルフの姿は少ない。
 シグザの視線の先には、己の血盟員が集まり、各々でチームを組んでいるのが見えるが、肝心の一人の姿が見えない。
「ったく、フィールの馬鹿はどこを歩付き歩いていやがる」
「そう、焦るなシグザ」
 シグザを宥めながら、懐から銀時計を取り出し時間を確認する。
「今の時間は一〇時二〇分。出発まで、まだ時間はあるさ」
 視線を時計から外へと向けた。
 ウィンダウッド城は海岸沿いに構えているため、城の南に見えるのは広大な海である。
 それを見ているディルから、何かが外れた歌が聞こえる。
「……普段見慣れない海に唄を口ずさむなディル」
 調子はずれの唄を止め、困ったような笑みをこちらに向け、
「別に構わないだろ」
「ったく、能天気な野郎だな」
「ははは、リラックスしている証拠だよ」
 と笑っている。
 シグザは吐息をつき、視線を城内に移した。
 広い部屋の中央には巨大なドーナッツ状に中央が空いているテーブルが一つ置かれ、多くの人たちがその周りの椅子に腰掛けている。
 ここに居る物は、連合に賛同してくれた血盟の創始者や、かなりの実力者たちが集い、全員で三〇名は超える。
 しかし、二箇所空席が眼に入る。
 一つはシグザの隣に立つディルの席だ。
 そして、もう一つの空席に座るべき人は、
「ダークエルフ代表ブルディカ……」
 彼は来てくれるだろうか。
 再び視線を外に向ければ、慌しい波の音が聞こえる。



 エアリアは城外で集まった人々を整列させていた。
 予想はしていたが、いざこれだけの大人数を集めると、並ばせるだけでも一苦労だ。そのため、全体で指揮を取るのは困難になり、混乱が生じやすくなる。
 それを楽に解決することは、少人数の小隊で陣形を作り各々で進ませるのが一番楽になる。
 しかし、一箇所だけ空いている大きく場所がある。
 ダークエルフが並ぶ位置だ。
 エアリアは一度そこに視線を向けながら呟いた。
「……彼は、来てくれるのかしら」
 エアリアとブルディカは面識があるのだ。
 彼女がまだ少女と言うべき時代にブルディカと出会い、なんだかんだ言いながら、もう一五年の付き合いになる。
 そんな彼女が俯くと、横から白いローブを着た男ロイが声を掛けた。
「大丈夫、彼ならきっと来ます」
 最初は力強く言うロイだが、次第に声の力は弱まり、
「……しかし、ディアドの弱点は彼らしか知りません。彼ら抜きでは絶望的です……」
 未だ空白のままで空けられている位置を眺めつついると、隣に白き鎧とオールバックの髪型をキメているナイト、バッシュが近づき、
「勝利は我らの物だ! すでに同盟軍は血盟の御旗の許に集結している」
 力強くロイとエアリアに言うとバッシュは、見よ、と言うように腕を大きく振るい後ろを示すその先には数多くの同志が出陣はまだかと待ち構え、士気を高めるために雄叫びを上げている人も少なくない。
 バッシュも雄叫びを上げ、士気を高めている。
「たく、お前は能天気でいいな」
「なにを!!」
 と言い争いを始める二人は放って置き、エアリアは改めて皆を見た後で北西の方を向き、
「必ず来てくれることを祈っています……」
 遠くの方から波の音が聞こえ、風が吹く音を誘う。



 サクラはダークエルフの集合場所を訪れていた。
 多くの人々が集まるこの場所で、ぽっかりと空いた部分は良く目立つ。
 そこでサクラは、探していた人を見つけ、
「どうしたのカナリア」
 声を掛けた。
 名を呼ばれたカナリアは驚くように振り向いたが、残念そうに落胆した。
 そんなカナリアの額に、サクラは右腕を伸ばしデコピンを叩き込んだ。
 ひ、とも、い、とも聞き取れる短い悲鳴と共に額に手を当ててこちらを見た。
「こら。人がせっかく心配して来てやったのに、そんな表情をするな」
「ご、ごめんなさい……」
 カナリアが元気が無い理由など手に取るように分かる。
 サクラは嘆息混じりに肩を落とし、
「そんな顔をしてるってことは、まだあいつは来てないのね」
「……はい」
 一応辺りを見渡してみるが、フィールの姿は見当たらない。
 その時、カナリアの向こう側から一人の男が近づいていた。
 一瞬フィールかと思ったが、同じダークエルフでも似ても似つかない男だった。
 その男はろくに挨拶もせずに、右拳の親指を上に向け、
「安心しろって、俺が居るじゃねえか」
 白い歯を見せるようににこやかな表情を見せる。
 今時そんなポーズをとる男が居たのか、と考えていると、カナリアがそいつの名を口にした。
「デスゲート……」
「あんたじゃー、今一信用できないねぇ」
「おいおい、これでも結構強くなったんだぜ」
 自慢げに胸を張るデスゲートの後ろから、黒の魔女衣装に身を包んだ女性が現れた。
 サクラは彼女を知っている。
 ……確か、マリガンだったかな?
 マリガンは軽く頭を下げる程度で挨拶を済ませ、
「デス兄さん、皆が呼んでるから早く来て下さい」
「いや、行きたいのは山々なんだが――」
 デスゲートの言い分を無視するかのごとく、彼の長い耳をいきなり掴み、しかも捻りを入れると、
「言い訳はいいから、早く来なさい」
「いたたた! こ、こら! 耳を引っ張るな耳を! 千切れる、千切れるぅ――!!」
 変な悲鳴があっちへ行き、向こうへ去って行った。
 残されたサクラはため息一つで忘れることにして、改めて回りに顔を向けた。
 列の先頭では、雄叫びを放ち士気を高める者が居れば、世間話をしている者もいる。よく見れば人影に隠れてトランプやボードゲームをしている者さえいる。
 ……こんな状態で大丈夫なのかしら。
 確かに、変に緊張しているよりはマシだと思うが、気を抜き過ぎている者の方が多いような気がする。
 軽くため息を付くと、
『サクラ隊長、聞こえますか?』
 女性の声が聞こえた。
 何処だろう、と考えるがすぐに答えが分かった。
 声がした場所は己の胸元だ。
 より正確に言えば、首に下げた小さなプレートから発せられた。
 面倒臭そうに胸元からプレートを取り出し返事を返す。
「どうしたの?」
『はい、パーティー編成で少々混乱が生じています。手を貸していただけませんか?』
 声の主はサクラの小隊でエルフのパーティーリーダーを任した人だ。
「分かった。すぐに戻るね」
 視線をプレートから外し、再びカナリアへ向けた。
 カナリアを置いて行くのは少々心配であったが、いつまでもこうしている訳にもいかない。
「それじゃワタシは行くね。あんたも元気出しなさいよ」
 カナリアの返事を待たずしてサクラは自分の隊に足を向けた。
 人の間をすり抜けるようにして進んで行くと、
「サクラ」
 突如名を呼ばれ振り返ってみれば、そこには白銀の鎧に身を包んだ男性が立っていた。
 ヘルムで顔は覆われているため、誰だか分からないがこんな格好をして歩き回るのは一人しか知らない。
「シャル兄さん、……どうしてここに?」
 シャルは地上に残る組だ。それなのにここに居ることを不信に思ったが、彼は手に持つ物を突き出してきた。
「父上に頼まれてこいつを持ってきた」
 そっけない言い方で突き出したのは鞘に収められた刀だ。
 サクラはそれを受け取り、改めてみるが、
「……刀?」
「市販されている刀と一緒にするな」
 受け取った刀のつばを親指で弾き、刀身を見た。
 鞘から顔を出す刀身は、まるで鏡のように反射し、一切の歪みや刃毀れなどは見受けられない。
 確かに市販されている刀とは比べ物にならないほど綺麗な刀身だ。だが、
 ……何か違う感じがする。
「ふっ、何かを感じたようだな」
 こちらの様子を悟ったのか、顔を上げればシャルは説明を始めた。
「それは父上が現役の頃に使っていた、草薙の剣、またの名を天の村雲だ」
「聞いたことがあります。――確か、東の国の伝説の剣でしょ?」
「ああ、そうだ。八つの首を持つ竜から生まれし剣。振っただけで簡単に草を刈ることが出来たことから草薙と名が付いた」
「その後、天に献上されて天の村雲と名を変えたのでしたっけ?」
「その通りだ。どちらで呼ぼうが変わりはないが、名を変えたところでその剣の特性は変わらない」
 特性? っと首を傾げれば、シャルは頷き、
「二つの名に共通することは『風』だ」
 草薙の名は、風で草木を刈る。天の村雲の名は、風で雨雲を呼ぶ。
「俺たちの姓はノースウィンドウ。つまり『北風』だ。お前の力ならきっと扱えるだろう」
 それだけ言うとシャルは鎧を鳴らしながら立ち去ろうとするが、数歩進むと足を止め振り返りもせずに言った。
「生きて帰って来いよ」
 短く言うとシャルは人ごみに紛れ消えて行った。
「兄さんも素直じゃないな」
 それは自分も同じか、と苦笑いを伴い己の部隊の許へと急ごうとした瞬間、サクラは見た。
 北の方に巨大な壁が見えた。
 その方向には砂漠しかないはずだ。
 では、あの壁は何なのか。
 その壁にはいくつか特徴がある。
 一つは色だ。
 全体的に濃い茶色かと思ったが、時々色が薄れていく。
 二つ目は大きさだ。
 その壁は少しずつであるが、確実に大きくなっている。
 ……違う。
 大きくなってるのではない、近づいている。
 そこでようやく、その壁が何なのか理解した。
 それは突風で巻き上がった砂の壁だ。
 理解した瞬間、豪風と共に砂に飲み込まれた。



 突如として、それは起こった。
 北の方角から突風が吹き荒れ、砂漠の砂を巻き上げ、細かい砂が身体を打つ。
 ラスタバドの奇襲なのか、それともただの自然現象なのか。
 風に身体立て、転ばぬように耐える者や、髪を押さえる者も居る。
 しかし、人と人との間を吹き抜ける風はランダムに乱れ、バランスを誤り転ぶ者も少なくない。
 中には、カードが風に舞い追いかけるもの。ボードゲームの駒が吹き飛び嬉しがる者、困った顔をする者。風で捲り上がろうとしているスカートを押さえる者。その背後へ突撃する者。過激で神聖な物が見れて喜んだ後には、過激で感情的で熱烈で笑顔と拳の洗礼の歓迎を受けている者、と様々過ぎるほど様々だ。
 小高い丘の上に立っていたエアリアも、突風に煽られスカートと髪を手で押さえながら、必死に足で大地を踏み、倒れまいとがんばっていると、
「大丈夫ですか」
 風と砂から守るようにバッシュが身を挺して壁を作った。
 バッシュに寄り添いバランスを預ける。
 しばらくして突風は治まり、エアリアは身を離しながら息をついた。
「あ、ありがとう」
 バッシュは微笑で返し、辺りを確認した。
「みんな、大丈夫か?」
 エアリアも周りを見ると、あの突風にも関わらず平然としている者や地面に倒れ砂まみれの者、拳を貰っている者や、この駒はここだった、いや違うねこっちだよ、と討論している者、カードを探すものと様々だ。
 しかし、あることに気付いた。
 突風が吹く前と何かが違う。
 何だろう、と思うと一人の男が近づいて来た。
 その男は、灰色に近い銀髪を生やしている。
 その男は、銀髪の間から長い耳が特徴的だ。
 その男とは、
「ブルディカ!」
 ダークエルフ代表ブルディカだ。
 そして、広場にも多くのダークエルフたちが姿を見せている。
 エアリアはゆっくりとバッシュから身を離し、一歩ブルディカに歩み寄り、
「来てくれたのね」
 嬉しそうに微笑むと、ブルディカは深々とお辞儀をして、ゆっくりとした動きで顔を上げた。
「どうやって彼らの心を動かしたの?」
 エアリアは問うが、ブルディカは微笑だけで答えを返した。



 砂嵐が止み、先ほどまで空白だった場所にダークエルフたちが現れた。
 その数は少なく見積もっても一〇〇の桁にはなるだろう。
 彼らはすぐに出発の準備のためパーティー編成を行う中、カナリアは動き回っていた。
 フィールを見つけるために人の間を縫うようにして進んでいるが、その中にはフィールの姿は無かった。
 気付けば列から外れ、カナリア一人だけになっていた。
 そろそろ隊に戻らなくてはならない時間である。
 戻ろうかと足を向けるが、余り気が進まない。
 落胆し肩を落とすと、その肩を叩く物が居る。
 期待を込めて顔を上げるが、そこに居るのはフィールではなく、
「久しぶり、カナリアお姉ちゃん」
 同じダークエルフのマグヌスだ。
 彼は大きめの弓を肩に担ぐようにして立っていた。
 カナリアより背が高いのにお姉ちゃんと呼ばれるのは不思議な気分だが、その呼び方をするのは一人しか居ない。
「マグヌスくん……」
 力なくまた俯こうとしたとき、あることに気付いた。
「あれ? マグヌスくんもここに居るってことは……」
 戦闘に参加? と問おうとしたが、マグヌスは先に首を横に振り、
「ううん、ボクはまだまだ実力不足だって言われたんだ。だからお留守番。それに、お前は恨みの感情を抑え切れていない、って言われちゃった」
 マグヌスの両親はディアドの戦いの際で亡くなっている。
 本来なら、両親の敵討ちで参戦を望んでいるだろう。
「大丈夫。ボクもその方がいいと思ったんだ。感情を抑えきれずに皆に迷惑をかけるぐらいなら、地上に残っているのが一番だってね」
 まだ幼さが抜け切れない顔立ちで本当に任せていいのか危うい物だが、何となく安心できる。
「ねぇフィールお兄ちゃんはどこ?」
「うん……、それがまだ来てないの」
「あれ、おかしいな。先日クプと会ってるの見たよ」
「え?」
 マグヌスの話が本当であれば、クプの用事は終わったということのはず。
 それなのに、フィールはまだここに来ていない。
 ……なんですぐ来てくれないんだろう。
 もしかしたらケントで急いで準備でもしているのだろうか。
 テレポートスクロールで迎えに行こうか考えや始めた瞬間、
「お姉ちゃん危ない!」
 え、と声を発しようとする前に、マグヌスはカナリアに体当たりをしていた。
 何で、と思った瞬間、空気を引き裂く音が鼓膜を打つ。
 まず見えたのは、砂漠の向こう側から黒い服を着た者たちがいること。
 次に見たのは、その黒装束の者たちから放たれた矢の群だ。
 それが今、カナリアの目の前を通り過ぎ、聞きたくない音が聞こえた。
「マグヌスくん!!」
 群の中の一本がマグヌスの右肩を射抜いていた。
 その位置は、マグヌスが身を挺して守っていなければカナリアの心臓を射抜いていた位置だ。
 さらに後方からも矢が鉄を貫く音、肉に突き刺さる音や悲鳴が発せられる。
「敵襲だ!!」
 誰かが叫べば、皆の動きは迅速だった。
 ナイトたちは盾を並べ、ダークエルフたちは剣を抜き、エルフたちは弓を絞り、ウィザードたちは杖を構えた。
 カナリアはとっさにマグヌスを抱くようにして地に身を屈めた。
 次の瞬間には二人の頭上を矢が飛来する。
 下手に動こうとすれば、仲間の矢に撃たれてしまうかもしれない。
 だからカナリアは精一杯に身を屈め、身を小さくするしかなかった。
「前衛は前に出ろ! 早くあの二人を助けるんだ!」
 カナリアも這うようにして皆の許へ行こうとするが、飛来する矢はそれを許さない。
 真上では矢と矢がぶつかり合う音が響く。
 すると、一瞬だけ矢の音が消えた。
 動くなら今しかない。
「マグヌスくん! 行こう!」
 と、彼を起き上がらせようとするが、マグヌスはぐったりとしたままだ。
 なぜ、と思うとマグヌスの顔色は青ざめ手足が震えている。
「毒!?」
 生憎カナリアには解毒魔法を覚えていなし、解毒アイテムも持ち合わせていない。
 毒の強さから迷っている暇は無い。マグヌスには悪いと思ったが、彼を引きずるようにして仲間の許へ行こうとするとき、後ろから音が聞こえた。
 矢の音だ。
 しかし、先ほどとはまったく違う。
 全ての矢がカナリアに狙いをつけたのだ。
 仲間のエルフたちも、向かってくる矢の大群を必死に打ち落としていくが、カナリアは見た。
 一本だけが一直線にこちらに向かってきている。
 避けようと思えば避けれるものだが、その矢の弾道は間違いなくマグヌスへ飛んでいる。
 力任せにマグヌスを引っ張ろうとしたが、足場にしていた砂が崩れた。
「――ッ!?」
 起き上がろうとするが、間に合わない。
 当たる、と思った瞬間、想像とは違う音が響いた。
 それは、血肉を引き裂く音ではなく、鉄と鉄が当たる高い音だ。
「ふぅ、間に合ったようだな」
 男の声が聞こえ、顔を上げれば、そこには薄い青色の鎧に黄色のラインを入れた見知らぬナイトが立っていた。
「さぁ、ここは任されよう。お嬢さんは早く下がりなさい」
 


 薄い青色を主体し、黄色のラインを入れた鎧を着た男は男女のダークエルフの前に盾を構える。
 男は女性の顔を盗み見るようにして思うことは、可愛いな、と、この男は彼女の恋人か、の二つ。
 後者は否定できるかもしれないが、前者は確実だ。
 男は剣を抜き、己の一番自信あるポーズを取りながら、
「さぁ、ここは任されよう。お嬢さんは早く下がりなさい」
 我ながらカッコイイなど自画自賛していれば、矢の雨が降り注ぐ。
 盾と剣でそれらを叩き落す姿は自分でもすごいな、と思う。
「は、はい」
 女性は素直に従い、撃たれた男を庇いながら皆の許へ進む。
 ……可愛くて素直で優しい――か。
 頭の中で万歳三唱を行いつつ、男は叫んだ。
「さぁ、連合軍の初陣だ! 肩慣らしに相手してもらおうか!」
 剣を黒装束の集団に向け構える。
 敵の数は多く見たとしても一〇〇ぐらいだろう。
 それに対してこちらの数は敵の五倍以上は楽に超える。
 ……数的には圧倒的有利だ。
 だが、
「ここで怪我人を増やすわけには行かないからな。油断するなよ!」
 先頭に立つのは頑丈な鎧と大きな盾を持つナイトたち。
 その後ろにはダークエルフたちが武器を構え、更に後ろにはエルフたちが弓を構え、ウィザードたちがエンチャントを唱えている。
「さぁ! 我等の実力を得と味わえ!」
 男が叫んだ瞬間、敵の集団の一部が吹き飛んだ。



 連合軍から見て、ラスタバド軍よりさらに向こうに五つの影が見えた。
 一番左の影はダークエルフのように見え、他の四つはウィザードの影だ。
 その内の右から二番目の影が杖を振り回し、勢いよく地面に突き刺し叫んだ。
「四賢者とオマケ一つここに参上! ――って言うとカッコイイ?」
 叫んだのは黒のローブに身を包んだ炎使いのバイオレット・ヴァラカスだ。
「最後の一言は無視して、敵の数は今の一撃で一〇は減ったため、残りは九三だ」
「一人あたり二〇弱か。悪くは無い数字だな」
「あら、私は不服よ。軽く五〇くらいは吹き飛ばして見せるわ」
「バイオレット。敵味方の区別をつけて数えろ」
「失礼ね! ちゃんと区別しているわよ! ――えっと、黒が敵でそれ以外は味方なのよね」
 バイオレットは手前のラスタバド軍だけではなく、連合軍の方まで視線を向けると、驚き困ったような顔を見せ、開いた口を手で隠すように軽く押さえながら、
「あら、敵って結構多いのね」
「……バイオレット、今すぐ故郷に帰れ」
 と言っている間に、敵の攻撃が来る。
「アホはほっといて行って来いカラス」
「誰がアホよ!」
 セントビートとカラスは無視して前に出た。
 彼らに襲い掛かるのは無数の矢の雨だ。
 彼ら五人には誰も盾も鎧を着けていない。
 しかし、防ぐ手立てはいくらでもある。
 先頭に立つカラスは杖を両手で水平に持ち、マナを練りこみ魔法を詠唱した。
「吹荒れろ、風の嵐! トルネード!!」
 風上級魔法トルネード。
 カラスの手前に風が渦を巻き、吹き荒れる。
 彼らを狙っていた矢の雨は風の渦に巻き込まれ本来の意思を無くす。
 続いて動きを作ったのはバイオレットだ。
「湧き出ろ炎の壁よ、ファイヤーウォール!」
 詠唱と同時に彼女が持つ杖を地面に突き立てれば、そこを起点とした炎のラインが生まれる。
 炎は敵に向かうのではなく、カラスが作り出した風の渦へ向かってゆく。
 そして、炎を飲む込む風の渦は一気に燃え上がり、風に飲み込まれた矢を燃やして行く。
「砂漠に建つ火柱。――ふふふ、少し芸術的とは思わなくて?」
 仲間に問いかけるが、全員揃って無視と決めた。
 弓は効かないと判断したのか、敵の前衛は剣や槍を構えて走り出す。
 その動きにあわせて動くのはマリア・パプリオンだ。
 彼女はローブの裾がトルネードの余波の風で踊るのを抑えつつ前に出る。
 右手は裾が捲れないように押さえ、左手一本で杖を回すと、
「氷結は終焉の時を迎え、砕ける時は刹那の流れ……」
 風の動きを詠み、右手を離した。
 しかし、風で裾が捲れそうになるのを身を回すことで防ぐ。
 いくらトルネードの範囲外と言っても余波は暴風に近い、
 それでもマリアは優雅というべき姿で身を回し、裾を踊らせ、杖を振るう。
 ようやくトルネードの風が収まったかと思えば、マリアは続く動きで左手で回していた杖を上へ放り投げた。
 空気を引き裂く音共に天に向かう杖は頂点まで進むと同時にマリアは叫んだ。
「フリージングブリザード!」
 天に昇る杖からマナが解放され、天から雹が混じる雪を降らせた。
 水系最上級魔法フリージングブリザード。
 吹き荒れる雪と同時に拳大の雹を降らせ、相手を氷付けにする魔法だ。
 雹が敵に打撃を与え、そのまま雪で氷付けにしていく。
 僅かな時間で敵の前衛の大半は氷付けになって身動きが取れなくなった。
 マリアは微笑しながら落下してくる杖を掴んだ。
 後は任せます、と言うように進んだ分を下がってゆく。
 そこで四人のウィザードと並ぶ一番左の男フィールが何かに気付いた。
「先ほどから使っているのは、すでに見たことあるものばかりだな。象牙で新たな魔法を覚えてきたのではないのか?」
 問いに答えたのはフィールの隣に立つセントビートだ。
「覚えたと言うよりも、気付いたっと言う方が正しいな」
「……気付いた? 何に気付いたと言うのだ?」
 セントビートを挟んで更に向こう側の男カラスが低く笑うと、
「いいだろう。百聞は一見にしかず、だ。余興に一つお見せするとしよう」
 カラスは杖を軽く振りながら前に出ると、
「バイオレット、例のもの行くぞ」
「えぇ、あれって結構疲れるのよ」
 バイオレットの講義をカラスは無視して構え、杖を上に向けマナを全身から練りこむ。
 仕方ないわね、とでも言うように嘆息しながらバイオレットは両手を広げ同じように全身からマナを練りこむ。
 まず、最初に変化が見えたのは空だ。
 カラスのマナの流れに反応するように空には雷雲が作られる。
 紙を破くような音を伴い、雷雲が大きくなって行く。
 魔法の規模が大きいと思った瞬間、敵も気付いたのか慌てて攻撃に移る。
 後ろに居る弓たちが構え、氷付けを免れた前衛たちも防ごうと走り出す。
「的は黙って見ていやがれ! イラブション!」
 セントビートが杖で地面を叩き付けると、そこを起点に大地の津波が敵を襲う。
 風よりも早く進む大地の津波は敵の足元を崩しバランスを失わせる。
「こっちはいいぞバイオレット!」
「こっちも丁度いいわよ!」
 両腕を広げたままのバイオレットの周りには炎は何も生まれていない。
 何故だと思うとあることに気付いた。
 周りは暑いくらいに明るい。
 確かに今は夏の前で暑さが強くなる時期だ。
 しかし、異常なまでに暑い気がする。
 フィールが上を見ると雷雲から見えるのは太陽、……否、太陽が二つある。
 一つはいつも目にする太陽だが、もう一つはやけに大きい。
「あれは――」
 何だ? と言おうとした時二人が魔法名を叫んだ。
「堕ちろ地獄の火炎弾、メテオストライク!」
「穿て、雷撃の嵐、ライトニングストーム!」
 炎系最上級魔法メテオストライク。
 本来は宇宙に漂う石ころを魔力で引き寄せ地上に叩き落す魔法だが、手ごろの石が無い場合は炎で作り上げた巨大な炎弾が落下する魔法だ。
 雷撃最上級魔法ライトニングストーム。
 雷雲を呼び集め、何百万ボルトの雷撃を放つ魔法だ。
 雷雲が光、雷撃の嵐を放とうとする瞬間、雷雲を炎弾が衝突した。
「!?」
 雷撃の光と炎弾から生まれる光により、辺りは明るすぎて色を失う。
 だが、次の瞬間には炎弾が雷撃を纏い地面に向かって落ちる。
 そして、二人の叫びが聞こえる
「炎雷魔法、インディクネイション!」
 大轟音。
 一瞬のうちに巻き上げた砂煙により視界が〇になる。
 それから三〇秒の時間を置いて、砂煙が風によって流されてゆくと視界が開けた。
 フィールが見たのはラスタバドの軍勢が居た位置に直径半径五〇メートルに届くほどの巨大なクレーターだった。
「どうだ? 二つの魔法を同時に放つことで本来の何倍もの力に増幅される」
 カラスの言うとおり、単体ではどんなにがんばろうと、ここまでの威力は出ないだろう。
「確かにすごいな」
 だがな、とフィールは続け、
「向こうを良く見ろ」
 フィールが示す方は、ラスタバドが居た位置よりもさらに向こう、連合軍が居た位置だ。
 見えるのは弓を構えたままのエルフやマナを練っていたウィザードたちが見える。
 しかし、人々は皆、驚きのあまり身動き一つしないのが確認できる。
 無理も無い。いきなりあんな大爆発が目の前で起きたら誰だって驚く。
 驚くのは仕方ないが、一つおかしなことに気付いた。
「あれ? 前衛たちはどうした?」
 先ほどまで前衛たちが壁を作っていたのに、今はその壁の欠片すらうかがえない。
 何処いったんだ、と思えば、突然砂が膨れ上がり、そこから人が現れた。
 前衛たちだ。
 爆発の衝撃がすさまじく、予想以上に砂を爆散させたようだ。
「規模が大きすぎて向こう側にも被害が出ているぞ」
 フィールの言葉で四人揃って溜息を漏らした。



 カラスとバイオレットのおかげで、敵の軍勢は一掃はしたものの、こちらにも少なからず被害がでることとなった。しかし、動けぬほどの大怪我を負ったものは居なかったのは幸いと言えるだろう。
 マグヌスも治療が適切だったため、大事には至らず今は医療チームのテントで休んでいる。
 簡単に治療を済ませるとチーム編成が再開され、各部隊を仕切るディルたちも城から出てきて手伝っている。
 共に降りてきたシグザがサクラにも怪我は無いか確認のためTシャツの中に突撃してきたため、現在進行形で殴られている。
 肉を打つ音をBGMにチーム編成は着々と進んで行く。
 ここで部隊について説明をしよう。
 まず、クラスバランスを考慮し、実力がある者、経験が豊富な者をパーティリーダーにして編成していく。
 パーティは二種類に分かれ、一つは前衛とウィザードのパーティ、もう一つはエルフだけが集まるパーティだ。
 その二つの合わせて一つのチームにする。
 さらに、そのチームを五つ集めて出来るのが部隊である。
 このようにしておけば、攻守のバランスが良く、どんな状況にも応じることが出来、安全性が保てる。
 そんな中、フィールは自分の部隊編成を行っていた。
「回復薬は各自持ったか? ウィザードが十分居るからと言っても油断は禁物だ」
 細かく指示を出して行くと、質問も返ってくる。
「所持金が少なくて十分に揃えられませんが、どうすれば……?」
「戦況を良く見て援護に回れ、ターゲットはなるべく分散させ囲まれないように注意しろ」
「エンチャントはどうしますか?」
「エルフたちが行え。ウィザードはマナが余ってるからといってもあまり使うなよ」
「スローなどは使ったほうがいいですか?」
「使う状況で俺が指示する」
「バナナはおやつに入りますか!」
「入らない。ちなみに、おやつは三〇〇アデナまでだ」
 ええ~、周りから講義の叫びが聞こえるがフィールは無視した。
 他には何が必要だろうか、と考えていると、
「フィール!」
 少し怒りの混じった声が聞こえ、無視しようとしたが声の主はこちらの視界に無理やり割り込んだ。
 現れたのは鎧に身を包み、顔はボコボコに殴られたシグザだ。
 彼は胸を張るように腕を組み、こちらを見下ろしてくる。
「遅いんだよお前は、何してやがった」
 一応怒っているようだが、ボコボコに殴られたその顔からは、恐怖のきの字も見受けられない。
 フィールは腰に下げた武器を見せながら、
「新しい武器の切れ味を試しに傲慢の塔へ行っていた」
「んなことしてるから遅刻するんだ。この遅刻野郎」
「遅れた分働けばチャラになるぞ。この欠陥ナイト」
 誰が欠陥だごら、と叫ぶ欠陥ナイトをフィールは無視していると、
「フィール」
 女性の声が己の名を呼んだ。
 一〇〇年以上も共に過ごしていた人の声であるため、振り向かずとも誰だか分かる。
「どうした?」
 話すときは相手を見るのが礼儀というものだ。だからフィールは振り返った。
 その先に立っているのは、やはりカナリアだった。
 ギランで買った装備に身を包み、少しは戦いが出来るように見せている。
「あ、あのね……、えっと……」
 何かを伝えたいのに、うまく言葉に出来ずモジモジとしている。
 見ている分には可愛いという風に見えるが、こちらには時間が無い。
 フィールはカナリアの言いたい事を少し考え、
「その服装なかなか似合ってるじゃないか」
「あ……、ち、違うの」
「ん?」
「あ、いや。……う、嬉しいんだけど、そうじゃないの」
 えっとね、とまたモジモジモードに入ってしまった。
 服装を褒めることは間違っていなかったはずだ。それではほかに何があるのだろうか? 少し考えてみると、答えは意外なところから出てきた。
「もう、じれったいわね」
 言葉と共に現れたのはサクラだった。
 いつ現れたのだろうか、と考えている間も無く、サクラはカナリアの隣に立つと人差し指を向けながら、
「カナリアはあなたの部隊に入れてあげなさい」
「は!?」
 突然の命令に、フィールは驚いた。
「ちょっと待てサクラ、俺の部隊は最前線だぞ。そんなところにカナリアを入れられないだろ」
「なんで?」
「なんでって、カナリアは戦闘向きじゃない」
「あら、カナリアは意外と戦闘タイプよ」
「何が出来るって言う――」
 つもりだよ、っと続けようとしたが、答えは己の中から出てきた。
「まさか!?」
「やっぱりあなた知っていたのね?」
「………」
 押し黙るしかなかった。
 かなり昔、カナリアに稽古を付けていた時偶然と見つけてしまったカナリアの才能だ。
 しかし、その才能はカナリアにとって辛い物となる。
 だから隠してきた。
 絶対にばれない自信は無かったが、それでもそう簡単に見つかる才能ではないと思っていた。
 それでもサクラは気付いてしまったのだ。
「そ、カナリアは武術に関してはてんで駄目。まるで子供のチャンバラだわ」
「ちゃ、チャンバラ……」
 子供の遊び並に評価され、カナリアの心に微妙な瑕を作るが、サクラは無視して言葉を述べる。
「でも、体術に関しては計り知れないほどの才能を持っているわ」
 実際に稽古を付け出してから今日まで、カナリアの成長は驚愕に値するほどの伸びを見せているのだ。
「なんであなたはそれを知ってて隠してたの?」
 問いフィールは答える気は無かった。
 どんなに問いただしても、口を割らないことを察したのか、サクラは両手を顔の高さまで挙げると、やれやれ、とでも言いたげに首を横に振り、
「いいわ、言いたくないのなら言わなくても」
 手を下ろし、自分の部隊の許へ戻ろうと足を向けながら、
「でも、カナリアがあなたの部隊に入る。これはもう決定事項だからね」
 そう言い残し、サクラは去って行った。



 出発の時間が刻一刻と迫れば、自然と士気は昂る。
 そして、平和を願う者たちが集いしこの時、全ての準備が整った。
 全部隊準備完了、の報告を受けたディルはある場所へ向かう。
 ウィンダウッド城の城壁の上だ。
 連合に賛同してくれた者たちは全て城壁前に集まっている。
 ディルはウィンダウッド城の城壁に上がれば、そこからは賛同してくれた全ての同志を見渡すことが出来る。
 そこに立てば、今、目の前に居る六〇〇名以上の同志たちがディルを見ている。
 ……素晴らしい、素晴らしいな。
 二回思考の中で巡らせた後、ディルは一度深くお辞儀をした。
 倣うように皆もお辞儀で返してくれる。
 一〇秒かけてゆっくりと顔を上げ、改めて見渡す。
 紙を打つような音を響かせ、右腕を振り上げる。
 皆の注目が右手に降り注ぐ。
 ……素晴らしい、素晴らしいなこの世界は。
 再三にわたって思った。
 いつまでも続けと思いつつ、ディルは右手を下ろし息を吸った。
「諸君! この戦いに賛同してしてくれた事に改めて礼を言おう!」
 ディルの声が深く、そして遠くまで響く。
「我々は今、この歴史で一番大きな分岐点に立っている!」
 ディルの声以外に聞こえるものは風の音であり、波の音だ。



 シグザは背負っていた巨剣を地面に突き立て、ディルの声を聞いた。
『我々が勝ち、世界はアインハザードの祝福に見舞われるのか! それとも、ラスタバドが勝ち、世界はグランカインの闇に変わるのか……!』
 サクラはシャルから受け取った刀を左腰に下げ、深い言葉を耳にする。
『やってみなければ分からない。歴史を先に知ることなど不可能なのだから』
 エアリアは右にバッシュ左にロイを置き、連合軍の首領の叫びを心に刻む。
『例え、ラスタバドが勝つという結果になったとしても、そんな運命など私はこの手で変えて見せよう!』
 ブルディカは手前で叫ぶ男の声を長い耳に入れる。
『我々は今から大きく、そして最高の敵と戦う。――だが忘れるな! 我々はラスタバドと戦いはするが、勝敗をつけるのは奴らとではない! ―――運命とだ!!』
 カナリアはディルの声を聞き、身を震わせていた。
『いいか? 敵を見失うな! 我々の本当の敵は運命という宿敵だ!』
 今彼女の心を震わせるものは何なのか。
 胸を押さえうつむく彼女に、フィールは寄り添い声を掛ける。
「不安か?」
 彼女はうつむいたままだが、首を横に振るう。
『では、我らに刃を向ける者はどうすればいいのか?』
 フィールはディルの言葉を壊さぬように、静かにカナリアの肩を抱き、引き寄せる。
『―――答えは簡単だ』
 上を見れば、城壁の上に立つディルは右手を前に突き出し、
『殴り倒せ!』
 五指を折り込み拳を作る。
『殴り倒して我々の下に連れて来い!』
 フィールは力強く、そして優しくカナリアを抱き寄せる。
『闇の光しか知らぬ者共に、日の光の下に引っ張り出せ! そして言い聞かせろ! 世界は広く、そして、こんなにも素晴らしいものだ、と』
 安心しろと伝えるように、大丈夫だと言うように、フィールは静かにカナリアの肩を抱く。
『拒む者など在りはしない! なぜなら、人は日の光を浴びて生きるものなのだから!』
 ディルの言葉の終わりを迎えようとしている。
 彼の言葉の最後は決まって皆の意思を問うもので終わる。
『さぁ、諸君! 今こそ己の力の意志を私に示してみろ!』



 ディルは両手を水平に広げ、眼を伏せた。
 言うだけの事を言ったディルは喜びと切なさを感じていた。
 思うことは、もう少し注目を浴びたかった、ということだけだ。
 しかし、それは今回で終わりではない。
 ……帰ることさえできれば、これ以上の注目を浴びることが出来るだろうか。
 それを浴びるまでは死んでも死に切れないな、と思う。
 ゆっくりと閉じた目蓋を開ければ、太陽の光が眩しいと感じながら、
「――返事はどうした!?」
 ディルの言葉に答えるように皆が武器手にした。
 剣を抜き、槍を立て、斧を回し、弓を構え、杖を握り、クロウを振り上げる。
 皆、己の武器を高く上げる。己の志を見せるように、己の意思を示すように、己の決意を表すために。
 世界に響くような雄叫びが上がった。
「共に行こう! 我々の戦場へ!!」
 この日、人々の記憶と歴史に残る最大の戦争が始まった。



 地下侵攻路の奥深く、そこにあるのがディルたちが目指すディアドである。
 辺りは暗い闇に覆われ、暗黒と邪が住む地。
 そこには大きく目立つ巨大な壁がある。
 ディアド要塞。
 そして、そこの見張り台に立つ男が居る。
 顔は竜の頭蓋骨のような兜で隠され、肉体には防具と呼べる物など一切つけては居らず、両手に持つのは長く、研ぎ澄まされたクロウを持つ。
 魔獣冥王バランカ。
 彼は特殊な水晶で淡く光る遠くを見たまま、何かを待っていた。
 突如、背後に気配を感じるが、バランカは降り向きはしない。
 現れたのは、バランカの部下だ。
「敵がここに向け、進軍を開始しました」
 簡潔に報告を終えると、彼はすぐに去って行った。
 残されたバランカはより遠くを見据えたまま押し殺すように笑い、
「来るがいい……」
 近い内にここを訪れる者達に対して彼は言う。
「我らに抗う愚かな者どもよ。――もしも貴様らが死を望むのならば……」
 彼の気持ちに溢れるのは、喜びか、怒りか、哀しみか、楽しみか。
 どれであっても、どれでもないだろう。
 手すりを掴んでいた手には自然と力が入り、手すりが軋み乾いた音が響いた。
「喜んで与えよう」
 その時、バランカの背後から影が現れた。
 男とも女とも見れない、巨くのマントを身に着けた者だ。
「………」
 その者は何も言わない。
 バランカはゆっくりと振り返り、その者を視線に入れた。
「堕落か」
 堕落と呼ばれた者は、沈黙だけを守っている。
「ヘルバインに伝えておけ。邪魔したら貴様でも殺す、とな」
 殺気を隠しもせずに目の前にいる堕落に向けて放つが、彼はまったく微動だにしなかった。
 しかも、まるでバランカのことを無視するかのように振り返り、まるで風が静かに流れるように足音を作らずに去って行った。
「ケッ、いけ好かねぇ野郎だな」
 光を受け付けない闇の中へ溶け込んでゆく姿にバランカは吐き捨てると、闇の中から新たな人影が姿を現した。
 細身の身体に、細く長い手足、強調するかのように豊満な胸を突き出して歩く姿は、どんな男でも魅了するかのような女性。
「こんどはライアか……」
 ライアと呼ばれた女性は、様々な髪飾りを揺らしながらバランカの隣まで歩み、外を眺めると、
「獲物はいつ来るんだい?」
 彼女の眼はバランカを捉えない。
「そう、いきり立つな。せっかくの美人が台無しだぞ」
「それはどっちの台詞だい」
「はっ、確かにそうだな」
 バランカは振り返り行こうとするが、足を止めライアと向き合うと、
「お前にも言って置くぞ」
 右腕を突き出し、クロウをライアの喉に向けながら、
「オレの楽しみを奪ったらお前でも殺す。いいな?」
 一切の冗談も、偽りも見せない殺気。
 そのことにライアは困ったように笑い、
「あんたの楽しみを奪う気は無いよ」
 でも、と続け、
「雑魚は貰っても良いんだろ?」
 口の端を大きく吊り上げて悪魔の笑みのように笑った。



第十一章 動き去る流れ

〓〓〓〓〓 あとがき 〓〓〓〓〓

なんだかんだと言って、もう十話まで来たのか……。
これまでの話を総合したとしても、1メガバイトには程遠いデータ量なんですよ。
さすがにメモ帳だけで書いてるから無駄なデータが入らない分軽いみたいですね。
さて、あとがきと行きましょうかw

え~、今回は前回から一気に飛んでいます。
最初は、サクラとカナリアの修行風景とか、フィールがクプの頼まれごとを書き記そうかと思ったのですが、別の機会にさせていただきます。
まぁ、いきなり話がウィンダウッド城から始まり、いつ奪還したんだ?、というお声もあると思いますが、その話もいずれ書こうと思います。
ちなみに、合成魔法はオレの脳内設定だけの範囲ですw
リネにも合成魔法とか出来ればすごそうなんだけどね~。
そうなってしまうとウィザードの時代到来だhhh

さぁ! 次回予告!
とうとうディアドに向け進撃を開始したディルたち!
しかし、彼らに待ち受けるのは過酷な運命!(なのかな?)
彼らはその運命にどう立ち向かうのか!?(そもそもそんな運命はあるのか?)


追伸
次回予告と言っても、1割ぐらいしか考えてないのが現状ですw
次回もノリと気分で書き続けるので、ご期待しないでくださいw


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